2006.11.26 Sunday
チェンバロを弾きに行く
2006/11/30追記:本記事コメントにコースタルトレーディング社オーナーでいらっしゃる Nom さんが、僕の不明点、誤解点などを詳細に解説されてますので、そちらも必ずご参照ください。m(__)m
先日、チェンバロを弾きに行った。BBSで知り合った方の紹介で、このコースタルトレーディングさんを知ったのだけど、今回はその方がここでスピネットを購入するので、契約にいらっしゃるのを期にご一緒することになった。僕は始めての訪問だ。
(右下のリンクにコースタルトレーディングさんへのリンクを追加)
営業を開始してまだ日が浅いらしく、来年から専用のショールームを構える予定ではあるけど、今年はオーナーのご自宅での営業だった。写真撮影は遠慮しておいた。
しかし、ご自宅がショールームと言うのは、とてもアットホームで雰囲気が良く、どちらかと言うと趣味でチェンバロを集めている方のお宅を尋ねたような感じだ。今回ご家族には、本当にご迷惑をおかけしたのだが、ショールームを新設するより、今後もこのままの方が良いようにも思えるほどの、とても良い環境だった。
と言うことで試奏機の写真が無いので、詳しくはコースタルトレーディングさんのホームページで探して欲しい。試奏機種名は、ホームページの表記をそのまま使わせて頂いた。おそらくしばらく(試奏機種を変えない限り)は、「試奏できるチェンバロ」のブロックにほとんどが載っているはずだ。
オーナーの方は、とても柔和な笑顔でやわらかく語る紳士、と言う印象で、とてもお話し好きでいらっしゃるし、気さくな方だ。以前に楽器メーカーの営業畑にいらした、と言う事だが、鍵盤楽器との接点はさほど深くは無かったとのことで、楽器演奏についても、それほど多くを語らない...と言う基本的に、音楽についてはリスナーの立場に立つことを守っていらっしゃるのが、僕のようなこだわったビミョーなマニアには、向いているのかも知れない。特に、プロが少なく、ハイアマチュアが多い古楽器の業界では、このスタンスは、趣味の楽器ショップにとって捨てがたい魅力と思える。
さてさて、楽器について...
コースタルトレーディングさんは、イタリアBIZZI社の日本総代理店として営業されているので、BIZZI社の物が中心だ。BIZZI社については、BIZZI社ホームページを参照願いたい。僕も知っている、と言うほどの知識は無い...ただ、ホームページを見る限り、家内工業レベルの小さな工房の様に見える。しかし、実際のところ欧州の楽器業界では、それほど小さくも無く大きくも無く、平均的なところなのかも知れない。過去の日本においても、ピアノ工房のほとんどは、このBIZZI社よりも小さかっただろうし、その中でも良い品質の楽器を作り出していた所が少なく無かった訳だから、さほど不思議な事では無い。
・スピネット 「グジョン 1753」
今回、ご一緒させていただいた方が購入するモデル。
スピネットというのは、斜めに弦を張って、スペースファクターを確保した家庭サイズのチェンバロな訳だけど、その無理をした設計とは思えないほど、バランスの良い音が特徴的。以前に別のところで弾いたスピネットは、(どこがどうとはわからないけど)ガタガタだったので評価、比較対照にならないにしても、このスピネットの完成度はとても高い、と感じた。
低音〜高音まで抜けるようなとても明るい音で、サステンも長くバッハ弾きにはたまらない魅力が有る。何をおいても、そのコンパクトさと、繊細な音の響きは、実用性と音楽性を両立していて、何者にも変えがたい魅力がある。
弾き加減なのか、レバーの操作具合なのか、ほかの問題なのか、少し高音がヒステリックに響くときがある点が気になったが、おそらくこれは調整の範囲だろう。唯一、どうしても弦の長さか、響板の面積が狭いのか、全体的に高音寄りのキャラクターなのは否めない。まぁ、これは個性と見ても良い範囲だし、設計上致し方ない問題だろう。
・イタリアン小型 「コンティヌオ」
はじめは、僕も上のスピネットが気に入ったのだけど、最終的に気に入ったのは、このモデル。スピネットの音に近い感触があるが、弦の長さのせいだろうか、高音〜中音域に艶と丸さが加わって、ヒステリックな響きがほとんど無いのがとてもよい。また、たまたま最後に、気に入って弾きなおした際に、オーナー氏がレバーを微妙に調整して、好みの音、好みのタッチを探してくれたりした事もあって、好印象になっている部分もあるかも知れないが...いずれにしろ、スピネットと比べると絶対的なスケールメリットが有り、全体的に楽器としてのスケールの差と感じる。
また、一つの音でも、倍音の中ほどが太っている感じがあり、1弦でもとても豊かな響きが特徴的。とにかく、響いている物理量が倍増した感は、その豊かさが弾く側の心にもゆとりを感じさせてくれる。
・イタリアン 大型一段鍵盤 「グリマルディ」
イタリアンの響きの特徴なのだろう。明るい、ナポリの陽気なテノールのように朗々と歌い、セクシーに全体が鳴り響く。残念ながら、僕には明るすぎて、押さえが効かない面、音にうずもれてしまう雰囲気にはなじめずじまいで、あまり弾きこめなかった。レバー調整などで少し、音をいじると、また変わった印象だったのかも知れないが、この時はそこまでの知識も無かったのが残念だ。
とにかく、箱全体を鳴らす楽器のようで、その物理量の大きさと、キャラクターとしての明るさに圧倒されてしまう。ただただ、これはすごい、と言う一言しか思い浮かばない。とにかく、チェンバロでもここまで、有る意味うるさく鳴らす事ができるのか、と関心してまうほどの明るさだ。
もしかすると、この響きを大きさに比べると、部屋の大きさ、もしくは天井の高さが足りないのかも知れない。しっかりとしたホールなどで弾けば、また異なった印象を抱いたのかも知れない。
・フレンチ二段鍵盤 「グルマンタスカン」
イタリアンとはまったく異なる落ち着いた鳴りが特徴。1弦、2弦、3弦と、キャラクターを増やしても、落ち着きをなくすことなく、クールにユニゾンを歌い切る。先ほどのイタリアンは、猟師町の古い市場の喧騒のようになるところが、王室か教会に響く合唱の歌声のような落ち着き感が有って、またそのハーモニーも美しい。
特に複数弦同時に響かせた場合、パイプオルガンでストップを加えたように純正な調和感がたまらない魅力に感じる。なので2段鍵盤をうまく利用して、1弦でおとなしくアリアをフォローして、複数弦で合唱のようにオーケストラとの協奏を響かせる、と言う使い分けが面白そうだ。
特に僕には、3弦の純正和音がパイプオルガンのように思えてしまって、左手で永遠の低音を響かせながら、右手でトッカータを歌いたくなる衝動に駆られてしまった。しかし、チェンバロで永遠の低音は無理なのだ、と言うことを弾いていてようやく気が付く、と言う始末。(~_~)
・ズッカーマン社のクラヴィコード、KoS(King of Sweden)
本当はこれを見るのが目的だった。
これにはキットも有って、お値段も最も安く手に入る古楽器だからだ。しかし、これは鍵盤楽器と思っているとしっぺ返しを食らうことが判った。これはどちらかと言うと、弦楽器の性格が強く、鍵盤で音量、音程をも変えられるだけでなく、全体の音質、鳴り、どれをとってもまったく持って弦楽器的だ。
しかも鍵盤楽器としては、あまりに鍵盤のストロークが浅いので、まったく別の楽器として認識すべきものとも言える。要するに、小さな鍵盤を、細かい打楽器の列として演奏すると、弦楽器の音がする、と言う感じだ。
それでもまぁ、少し努力して弾き方を工夫すると、これまた面白い楽器で、インベンションや平均率をとても個性豊かに弾くことが出来る。バッハや古楽よりも、コンテンポラリージャズ系の曲をこれで創作する方が面白いかも知れない。
と言うことで、別の意味でとても魅力ある楽器だった。
全体的に...
各社ピアノの特徴と良く似ていて、イタリアンはベーゼンのごとく筐体全体をギターかバイオリンのように鳴らし、フレンチはベヒの様に強靭なフレームで囲んで、響板を穏やかにかつ、整然と鳴らす、と言う設計の違いを肌で感じる事ができた。要するに、実際に出てくる倍音成分が、イタリアンが煩いほど幅広いのに対して、フレンチは整然と整理されて、複数弦を鳴らしても純正感の強さが強調される。
ただイタリアンでも、ピアノのように張力があるわけでは無いので、高次倍音はピアノより整然としているので、複数弦や箱全体を鳴らしてもヒステリックな響きにはならないのが、現代のピアノとは異なる点なのかも知れない。
なので、どちらかを選ぶと言うのはとても難しい。曲によって、楽器を変える事が出来るなら、それが一番だろう。
それとピアノにおいては、常識的になっている、プロはグランドで、しかもコンサートはフルコンサートグランド...と言う図式が、このチェンバロの世界ではまったく通用しない、と言う事。本来、ピアノもそうなのだろうけど、なぜか図式が決まってしまっているが、チェンバロにおいては図式にはめ込むのが不可能、と思うほどのキャラクターの差を感じたことが、新鮮だった。
やっぱり、楽器と言う物は、演奏する演目、演奏する人、演奏する場所によって、楽器を変え、かつ調整を変えてキャラクターを操作してこそ楽器といえるのだろう、と再認識できたのが、何ににも増してうれしかった。
さて、今回の試弾で一番感じたのは、これら個体の面白さよりも、チェンバロと言う古楽器文化によるカルチャーショックだった。それについて...項目別に。
まずは、律とピッチについて...
440Hzに慣れた僕にとっては、415Hzと言う全体ピッチの低さは、とても大きな問題になった。音の低さに惑わされてしまい、はじめのうちはまったくと言って良いほど弾けない自分が情けなかったほどだ。
僕は、絶対音感は無いし、暗譜が苦手で、譜面をしっかりと追うほうなんだけど、実際には譜面は音の記憶の補助にしかなっていないらしく、低いピッチを修正するかのごとく、指がことごとく半音上を押したがっているのに、驚いた。絶対音感が狂ってしまった、晩年のリヒテルがいかに苦労したかが、判るような気がした。でもまぁ、僕は(絶対音感を持っていないので)、いつもの音との相対でしか無いから、慣れれば問題は無いのだけど、慣れるまでは戸惑いばかりだった。
その戸惑いが無くなると、今度は律の響き。いつもピアノでは、ほぼ均一なうねりの有る5度4度3度(10度)を聴きながら弾いているわけだけど、これが綺麗にウネリ無く綺麗に響いたり、曲によってはウネッたりしてくれるので、これまでに無い一種異様な感覚が芽生えてくる。
少し指が動き出して、ピッチの違和感も無くなりかけた瞬間、その音の響きとピッチの微妙さに聴いている頭が、指と乖離しはじめて、音酔いしてしまった。いろいろな音酔いがあると聞いていたが、「音酔いってこれかぁ〜」と感じながら、めまいと吐き気を我慢しつつ、クラクラしながら弾くのも結構面白かった。(^.^;;;)
鍵盤のサイズについて...
正確に測ったわけではないが、鍵盤幅が現代のピアノよりも若干狭いのだろうと思う。とにかく、ピッチ違いの理由で指を外すのに加えて、目測をはずして、複数鍵盤を同時弾きしたり、まったく外してしまう事が多い。この幅の問題は、黒鍵間の狭さの原因ともなっているようで、黒鍵の間の白鍵を弾くのは(両脇の黒鍵に触れないようにする)、工夫が必要だ。
そして、最後の方まで戸惑ったのは、鍵盤の奥行きの浅さ。指が鍵盤奥の壁に突き当たってしまう。ピアノよりも、指を立て気味にして、奥を意識していないとうまく弾けない。まぁ、これも慣れの問題であはあるが...
ちなみに、椅子の位置をいつもより後ろにして、少し姿勢を高くすれば、意識をしなくてもかなりマシになる...この事実に気がつくまでは、苦労ばかりだった。
特に律について...
最終的に、イタリアン小型を気に入って、気合入れて弾いて見た時の印象は、律の違いなのか、調律の狂いなのか、僕には判断できないのだけど、とてもビミョーな響きに幾度と無く惑わされてしまった。前日に調律されたという事だけど、
・チューニングメーターで中央の12音を合わせて、オクターブで展開したのが、原因なのか
・僕がガシガシと、チェンバロ全体がぐらぐらするほど気合入れて弾いたのが原因なのか
・一晩でここまで狂ったのか
・本来ヤング律の持っている響きの特性なのか
・弾いていた平均律曲集の調(Band1 EのFuga)が、Cベースのヤング律とは合わなかったのか、もしくは無理があったのか...
いずれの原因だったのかは、まったく持って、僕にはわからない。律については、普段から判らない事ばかりだったが、どうも宿題が増えたようだ。
ピッチの狂いについて...
おそらく、僕を含め大人が数人部屋にこもったせいであろう、しかも男二人が弾き始めたので...温度、湿度の変化が直接的に作用したのだろうか、だんだんピッチが下がるのが、特にスピネットを弾いていてわかった。チェンバロはすべての部材を木で作っているわけだから、致し方ないのだろうけど、これではチューニングが大変だろうなぁ、と言う印象を受ける。特にコンサートなどの場合、観客が入った時のピッチ変化を想定してチューニングしないと、全体の音楽の印象が変わってしまいそうだ。
ちなみに、オーナー氏が使っているコルグのチューナーで測って見たら、10セントほど落ちているのが判った。1/10半音は曲想への影響も大きいかも知れない。
タッチについて...
チェンバロは弦をヒットするのではなく、引っ掻くわけで、その引っ掛かりに慣れるのに、時間がかかった。
はじめ、ピアノのアフタータッチ程度の調整が弾きやすい、と感じていたのだけど、レバー調整で少し変更できるのを知ってから、いろいろと試して見た。
それで判ったのは、引っ掛かりが小さすぎて、ピアノに近いタッチにすることによって、弾きやすいのだけど、表現力が落ちる。しかし引っ掛かりが多すぎても、ベンベン鳴るばかりで、ピアニッシモが出しにくく面白みが無い。
今回感じたのは、チェンバロといえどもちゃんとしたタッチが存在するし、独特なアーティキュレーションの載せ方があるらしい、と言うこと。それを体で感じ取って、自然と指の動きやタッチが変わるのが自分でも判る程度の調整...と言うのが、理想なのでは無いだろうか、と思った。それがどの程度で、どう言った調整なのかは判らないけど、どうもそういうポイントがあるらしく、最終的にそれが自分に合った個体が気に入ってしまう、と言う事なのだろうと思う。今回は、それがたまたまイタリアン小型 「コンティヌオ」だったのだろう、と言うのが今の僕の見解だ。
なので、チェンバロに慣れて、チェンバロらしさを理解して、体がそのタッチとアーティキュレーションを習得できると、まったく異なる印象と好みを持つのかも知れない。
ちなみに、かつて電子楽器メーカーが電子チェンバロを作った際に、わざとタッチを効かないように作った、と言う話があって、それは大きな間違いだろう、と思っていた。これで、チェンバロにもタッチがあることが判り、そのうえ、それを表現できる電子機器は、この世には存在しそうに無い、と言う印象を持った。
さてさて、最後に...
翌日、我が家のピアノを弾いて驚いたのは、既に手と体と耳がチェンバロ風になっていて、まったく我家のベヒを鳴らせなかった、と言うこと。まったくならないベヒに、湿気や気温のせいと思っていたら、30分ほどでベヒのピッチとタッチになれたあたりで、一気に鳴り出したから、また驚き...しかも音が大きくて煩くてたまらない。
もしかすると、チェンバロとピアノを両立させるのは難しいのかも知れない。少なくとも、今の僕にはこの2つの間を行き来するには、数日の慣れが必要に思う。
さて、後日談:このカルチャーショックの当日は、とても神経が高ぶっていたのと同時に、半分徹夜明けだったのも有って、帰宅してからカミさんに事の一部始終を一気にまくし立てて、後は見事に爆睡。聞いててくれたカミさんに感謝だ。さぞ煩かった事だろう。
目がさめて気が付いて見ると、チェンバロの軽いタッチに興じすぎたのか、左手の人差し指が突き指状態で少し痛いし、手もチェンバロ慣れしてしまって、ピアノが鳴らせない。
ついでに、耳まで古楽器慣れしてしまって、ピアノのピッチが高いは、音がうるさいは、なんだか全てがおかしい。
しょうがないので、小島さんのフォルテピアノによるベートーベンとハイドンを聴いてしばらくリハビリ。今朝になってようやくリハビリ効果があったのか、ようやく少しピアノを弾きたくなってきた。(~_~)
とにかく、こんな貴重な体験をさせてくれた、コースタルトレーディングさんに感謝。今回、お誘い頂いた 友人 に感謝。そして、そんな僕をサポートして、お付き合い下さった、コースタルトレーディングオーナーのご家族の皆さんに最大の感謝です。
今度、訪問することがあったら、ご迷惑でない程度に、僕の料理か洋菓子をご披露したい、と思っています。それで、感謝の気持ちが伝わるのなら、お安いことなので。m(__)m
本当に感謝感謝です。m(__)m
先日、チェンバロを弾きに行った。BBSで知り合った方の紹介で、このコースタルトレーディングさんを知ったのだけど、今回はその方がここでスピネットを購入するので、契約にいらっしゃるのを期にご一緒することになった。僕は始めての訪問だ。
(右下のリンクにコースタルトレーディングさんへのリンクを追加)
営業を開始してまだ日が浅いらしく、来年から専用のショールームを構える予定ではあるけど、今年はオーナーのご自宅での営業だった。写真撮影は遠慮しておいた。
しかし、ご自宅がショールームと言うのは、とてもアットホームで雰囲気が良く、どちらかと言うと趣味でチェンバロを集めている方のお宅を尋ねたような感じだ。今回ご家族には、本当にご迷惑をおかけしたのだが、ショールームを新設するより、今後もこのままの方が良いようにも思えるほどの、とても良い環境だった。
と言うことで試奏機の写真が無いので、詳しくはコースタルトレーディングさんのホームページで探して欲しい。試奏機種名は、ホームページの表記をそのまま使わせて頂いた。おそらくしばらく(試奏機種を変えない限り)は、「試奏できるチェンバロ」のブロックにほとんどが載っているはずだ。
オーナーの方は、とても柔和な笑顔でやわらかく語る紳士、と言う印象で、とてもお話し好きでいらっしゃるし、気さくな方だ。以前に楽器メーカーの営業畑にいらした、と言う事だが、鍵盤楽器との接点はさほど深くは無かったとのことで、楽器演奏についても、それほど多くを語らない...と言う基本的に、音楽についてはリスナーの立場に立つことを守っていらっしゃるのが、僕のようなこだわったビミョーなマニアには、向いているのかも知れない。特に、プロが少なく、ハイアマチュアが多い古楽器の業界では、このスタンスは、趣味の楽器ショップにとって捨てがたい魅力と思える。
さてさて、楽器について...
コースタルトレーディングさんは、イタリアBIZZI社の日本総代理店として営業されているので、BIZZI社の物が中心だ。BIZZI社については、BIZZI社ホームページを参照願いたい。僕も知っている、と言うほどの知識は無い...ただ、ホームページを見る限り、家内工業レベルの小さな工房の様に見える。しかし、実際のところ欧州の楽器業界では、それほど小さくも無く大きくも無く、平均的なところなのかも知れない。過去の日本においても、ピアノ工房のほとんどは、このBIZZI社よりも小さかっただろうし、その中でも良い品質の楽器を作り出していた所が少なく無かった訳だから、さほど不思議な事では無い。
・スピネット 「グジョン 1753」
今回、ご一緒させていただいた方が購入するモデル。
スピネットというのは、斜めに弦を張って、スペースファクターを確保した家庭サイズのチェンバロな訳だけど、その無理をした設計とは思えないほど、バランスの良い音が特徴的。以前に別のところで弾いたスピネットは、(どこがどうとはわからないけど)ガタガタだったので評価、比較対照にならないにしても、このスピネットの完成度はとても高い、と感じた。
低音〜高音まで抜けるようなとても明るい音で、サステンも長くバッハ弾きにはたまらない魅力が有る。何をおいても、そのコンパクトさと、繊細な音の響きは、実用性と音楽性を両立していて、何者にも変えがたい魅力がある。
弾き加減なのか、レバーの操作具合なのか、ほかの問題なのか、少し高音がヒステリックに響くときがある点が気になったが、おそらくこれは調整の範囲だろう。唯一、どうしても弦の長さか、響板の面積が狭いのか、全体的に高音寄りのキャラクターなのは否めない。まぁ、これは個性と見ても良い範囲だし、設計上致し方ない問題だろう。
・イタリアン小型 「コンティヌオ」
はじめは、僕も上のスピネットが気に入ったのだけど、最終的に気に入ったのは、このモデル。スピネットの音に近い感触があるが、弦の長さのせいだろうか、高音〜中音域に艶と丸さが加わって、ヒステリックな響きがほとんど無いのがとてもよい。また、たまたま最後に、気に入って弾きなおした際に、オーナー氏がレバーを微妙に調整して、好みの音、好みのタッチを探してくれたりした事もあって、好印象になっている部分もあるかも知れないが...いずれにしろ、スピネットと比べると絶対的なスケールメリットが有り、全体的に楽器としてのスケールの差と感じる。
また、一つの音でも、倍音の中ほどが太っている感じがあり、1弦でもとても豊かな響きが特徴的。とにかく、響いている物理量が倍増した感は、その豊かさが弾く側の心にもゆとりを感じさせてくれる。
・イタリアン 大型一段鍵盤 「グリマルディ」
イタリアンの響きの特徴なのだろう。明るい、ナポリの陽気なテノールのように朗々と歌い、セクシーに全体が鳴り響く。残念ながら、僕には明るすぎて、押さえが効かない面、音にうずもれてしまう雰囲気にはなじめずじまいで、あまり弾きこめなかった。レバー調整などで少し、音をいじると、また変わった印象だったのかも知れないが、この時はそこまでの知識も無かったのが残念だ。
とにかく、箱全体を鳴らす楽器のようで、その物理量の大きさと、キャラクターとしての明るさに圧倒されてしまう。ただただ、これはすごい、と言う一言しか思い浮かばない。とにかく、チェンバロでもここまで、有る意味うるさく鳴らす事ができるのか、と関心してまうほどの明るさだ。
もしかすると、この響きを大きさに比べると、部屋の大きさ、もしくは天井の高さが足りないのかも知れない。しっかりとしたホールなどで弾けば、また異なった印象を抱いたのかも知れない。
・フレンチ二段鍵盤 「グルマンタスカン」
イタリアンとはまったく異なる落ち着いた鳴りが特徴。1弦、2弦、3弦と、キャラクターを増やしても、落ち着きをなくすことなく、クールにユニゾンを歌い切る。先ほどのイタリアンは、猟師町の古い市場の喧騒のようになるところが、王室か教会に響く合唱の歌声のような落ち着き感が有って、またそのハーモニーも美しい。
特に複数弦同時に響かせた場合、パイプオルガンでストップを加えたように純正な調和感がたまらない魅力に感じる。なので2段鍵盤をうまく利用して、1弦でおとなしくアリアをフォローして、複数弦で合唱のようにオーケストラとの協奏を響かせる、と言う使い分けが面白そうだ。
特に僕には、3弦の純正和音がパイプオルガンのように思えてしまって、左手で永遠の低音を響かせながら、右手でトッカータを歌いたくなる衝動に駆られてしまった。しかし、チェンバロで永遠の低音は無理なのだ、と言うことを弾いていてようやく気が付く、と言う始末。(~_~)
・ズッカーマン社のクラヴィコード、KoS(King of Sweden)
本当はこれを見るのが目的だった。
これにはキットも有って、お値段も最も安く手に入る古楽器だからだ。しかし、これは鍵盤楽器と思っているとしっぺ返しを食らうことが判った。これはどちらかと言うと、弦楽器の性格が強く、鍵盤で音量、音程をも変えられるだけでなく、全体の音質、鳴り、どれをとってもまったく持って弦楽器的だ。
しかも鍵盤楽器としては、あまりに鍵盤のストロークが浅いので、まったく別の楽器として認識すべきものとも言える。要するに、小さな鍵盤を、細かい打楽器の列として演奏すると、弦楽器の音がする、と言う感じだ。
それでもまぁ、少し努力して弾き方を工夫すると、これまた面白い楽器で、インベンションや平均率をとても個性豊かに弾くことが出来る。バッハや古楽よりも、コンテンポラリージャズ系の曲をこれで創作する方が面白いかも知れない。
と言うことで、別の意味でとても魅力ある楽器だった。
全体的に...
各社ピアノの特徴と良く似ていて、イタリアンはベーゼンのごとく筐体全体をギターかバイオリンのように鳴らし、フレンチはベヒの様に強靭なフレームで囲んで、響板を穏やかにかつ、整然と鳴らす、と言う設計の違いを肌で感じる事ができた。要するに、実際に出てくる倍音成分が、イタリアンが煩いほど幅広いのに対して、フレンチは整然と整理されて、複数弦を鳴らしても純正感の強さが強調される。
ただイタリアンでも、ピアノのように張力があるわけでは無いので、高次倍音はピアノより整然としているので、複数弦や箱全体を鳴らしてもヒステリックな響きにはならないのが、現代のピアノとは異なる点なのかも知れない。
なので、どちらかを選ぶと言うのはとても難しい。曲によって、楽器を変える事が出来るなら、それが一番だろう。
それとピアノにおいては、常識的になっている、プロはグランドで、しかもコンサートはフルコンサートグランド...と言う図式が、このチェンバロの世界ではまったく通用しない、と言う事。本来、ピアノもそうなのだろうけど、なぜか図式が決まってしまっているが、チェンバロにおいては図式にはめ込むのが不可能、と思うほどのキャラクターの差を感じたことが、新鮮だった。
やっぱり、楽器と言う物は、演奏する演目、演奏する人、演奏する場所によって、楽器を変え、かつ調整を変えてキャラクターを操作してこそ楽器といえるのだろう、と再認識できたのが、何ににも増してうれしかった。
さて、今回の試弾で一番感じたのは、これら個体の面白さよりも、チェンバロと言う古楽器文化によるカルチャーショックだった。それについて...項目別に。
まずは、律とピッチについて...
440Hzに慣れた僕にとっては、415Hzと言う全体ピッチの低さは、とても大きな問題になった。音の低さに惑わされてしまい、はじめのうちはまったくと言って良いほど弾けない自分が情けなかったほどだ。
僕は、絶対音感は無いし、暗譜が苦手で、譜面をしっかりと追うほうなんだけど、実際には譜面は音の記憶の補助にしかなっていないらしく、低いピッチを修正するかのごとく、指がことごとく半音上を押したがっているのに、驚いた。絶対音感が狂ってしまった、晩年のリヒテルがいかに苦労したかが、判るような気がした。でもまぁ、僕は(絶対音感を持っていないので)、いつもの音との相対でしか無いから、慣れれば問題は無いのだけど、慣れるまでは戸惑いばかりだった。
その戸惑いが無くなると、今度は律の響き。いつもピアノでは、ほぼ均一なうねりの有る5度4度3度(10度)を聴きながら弾いているわけだけど、これが綺麗にウネリ無く綺麗に響いたり、曲によってはウネッたりしてくれるので、これまでに無い一種異様な感覚が芽生えてくる。
少し指が動き出して、ピッチの違和感も無くなりかけた瞬間、その音の響きとピッチの微妙さに聴いている頭が、指と乖離しはじめて、音酔いしてしまった。いろいろな音酔いがあると聞いていたが、「音酔いってこれかぁ〜」と感じながら、めまいと吐き気を我慢しつつ、クラクラしながら弾くのも結構面白かった。(^.^;;;)
鍵盤のサイズについて...
正確に測ったわけではないが、鍵盤幅が現代のピアノよりも若干狭いのだろうと思う。とにかく、ピッチ違いの理由で指を外すのに加えて、目測をはずして、複数鍵盤を同時弾きしたり、まったく外してしまう事が多い。この幅の問題は、黒鍵間の狭さの原因ともなっているようで、黒鍵の間の白鍵を弾くのは(両脇の黒鍵に触れないようにする)、工夫が必要だ。
そして、最後の方まで戸惑ったのは、鍵盤の奥行きの浅さ。指が鍵盤奥の壁に突き当たってしまう。ピアノよりも、指を立て気味にして、奥を意識していないとうまく弾けない。まぁ、これも慣れの問題であはあるが...
ちなみに、椅子の位置をいつもより後ろにして、少し姿勢を高くすれば、意識をしなくてもかなりマシになる...この事実に気がつくまでは、苦労ばかりだった。
特に律について...
最終的に、イタリアン小型を気に入って、気合入れて弾いて見た時の印象は、律の違いなのか、調律の狂いなのか、僕には判断できないのだけど、とてもビミョーな響きに幾度と無く惑わされてしまった。前日に調律されたという事だけど、
・チューニングメーターで中央の12音を合わせて、オクターブで展開したのが、原因なのか
・僕がガシガシと、チェンバロ全体がぐらぐらするほど気合入れて弾いたのが原因なのか
・一晩でここまで狂ったのか
・本来ヤング律の持っている響きの特性なのか
・弾いていた平均律曲集の調(Band1 EのFuga)が、Cベースのヤング律とは合わなかったのか、もしくは無理があったのか...
いずれの原因だったのかは、まったく持って、僕にはわからない。律については、普段から判らない事ばかりだったが、どうも宿題が増えたようだ。
ピッチの狂いについて...
おそらく、僕を含め大人が数人部屋にこもったせいであろう、しかも男二人が弾き始めたので...温度、湿度の変化が直接的に作用したのだろうか、だんだんピッチが下がるのが、特にスピネットを弾いていてわかった。チェンバロはすべての部材を木で作っているわけだから、致し方ないのだろうけど、これではチューニングが大変だろうなぁ、と言う印象を受ける。特にコンサートなどの場合、観客が入った時のピッチ変化を想定してチューニングしないと、全体の音楽の印象が変わってしまいそうだ。
ちなみに、オーナー氏が使っているコルグのチューナーで測って見たら、10セントほど落ちているのが判った。1/10半音は曲想への影響も大きいかも知れない。
タッチについて...
チェンバロは弦をヒットするのではなく、引っ掻くわけで、その引っ掛かりに慣れるのに、時間がかかった。
はじめ、ピアノのアフタータッチ程度の調整が弾きやすい、と感じていたのだけど、レバー調整で少し変更できるのを知ってから、いろいろと試して見た。
それで判ったのは、引っ掛かりが小さすぎて、ピアノに近いタッチにすることによって、弾きやすいのだけど、表現力が落ちる。しかし引っ掛かりが多すぎても、ベンベン鳴るばかりで、ピアニッシモが出しにくく面白みが無い。
今回感じたのは、チェンバロといえどもちゃんとしたタッチが存在するし、独特なアーティキュレーションの載せ方があるらしい、と言うこと。それを体で感じ取って、自然と指の動きやタッチが変わるのが自分でも判る程度の調整...と言うのが、理想なのでは無いだろうか、と思った。それがどの程度で、どう言った調整なのかは判らないけど、どうもそういうポイントがあるらしく、最終的にそれが自分に合った個体が気に入ってしまう、と言う事なのだろうと思う。今回は、それがたまたまイタリアン小型 「コンティヌオ」だったのだろう、と言うのが今の僕の見解だ。
なので、チェンバロに慣れて、チェンバロらしさを理解して、体がそのタッチとアーティキュレーションを習得できると、まったく異なる印象と好みを持つのかも知れない。
ちなみに、かつて電子楽器メーカーが電子チェンバロを作った際に、わざとタッチを効かないように作った、と言う話があって、それは大きな間違いだろう、と思っていた。これで、チェンバロにもタッチがあることが判り、そのうえ、それを表現できる電子機器は、この世には存在しそうに無い、と言う印象を持った。
さてさて、最後に...
翌日、我が家のピアノを弾いて驚いたのは、既に手と体と耳がチェンバロ風になっていて、まったく我家のベヒを鳴らせなかった、と言うこと。まったくならないベヒに、湿気や気温のせいと思っていたら、30分ほどでベヒのピッチとタッチになれたあたりで、一気に鳴り出したから、また驚き...しかも音が大きくて煩くてたまらない。
もしかすると、チェンバロとピアノを両立させるのは難しいのかも知れない。少なくとも、今の僕にはこの2つの間を行き来するには、数日の慣れが必要に思う。
さて、後日談:このカルチャーショックの当日は、とても神経が高ぶっていたのと同時に、半分徹夜明けだったのも有って、帰宅してからカミさんに事の一部始終を一気にまくし立てて、後は見事に爆睡。聞いててくれたカミさんに感謝だ。さぞ煩かった事だろう。
目がさめて気が付いて見ると、チェンバロの軽いタッチに興じすぎたのか、左手の人差し指が突き指状態で少し痛いし、手もチェンバロ慣れしてしまって、ピアノが鳴らせない。
ついでに、耳まで古楽器慣れしてしまって、ピアノのピッチが高いは、音がうるさいは、なんだか全てがおかしい。
しょうがないので、小島さんのフォルテピアノによるベートーベンとハイドンを聴いてしばらくリハビリ。今朝になってようやくリハビリ効果があったのか、ようやく少しピアノを弾きたくなってきた。(~_~)
とにかく、こんな貴重な体験をさせてくれた、コースタルトレーディングさんに感謝。今回、お誘い頂いた 友人 に感謝。そして、そんな僕をサポートして、お付き合い下さった、コースタルトレーディングオーナーのご家族の皆さんに最大の感謝です。
今度、訪問することがあったら、ご迷惑でない程度に、僕の料理か洋菓子をご披露したい、と思っています。それで、感謝の気持ちが伝わるのなら、お安いことなので。m(__)m
本当に感謝感謝です。m(__)m
頭の中をめぐる音楽:すでに、頭には何もない状態が続くのか、と言う疑問と喜びと寂しさ...うぅ〜〜ん、しばらく何も聴こえないってのもなんだかなぁ。
日常:あまり日も照らず、風もない、寒い一日。雨降るわけでもなく、当然、雪なんか降るわけもない...ボーっとした天気だ。
まぁ、今日はほぼ一日、自宅で作業なのでそれはそれで良いけど、これが天気良ければ外出て遊んじゃうし。(^^)
読書:...先日、いろいろと図書館で借りてきたから、そろそろまじめに読まないとやばい。
今日のiPod:...
今日のCD:...
万歩計:
ピアノ:リハビリにP80で、Bach/Invention
僕の刺繍:...
カミさんの刺繍:...今日も写真を撮って無いです。m(__)m




